由比宿(ゆいしゅく)は、東海道の五十三箇所の宿場のうち、日本橋から数えて16番目にある宿場。現在の静岡県清水区(旧庵原郡由比町)に位置する。(参照:wikipedia)
二川宿(ふたがわじゅく)は、江戸時代に設定された東海道33番目の宿場(→東海道五十三次)。三河国最東端の宿場町である。征夷大将軍の天領であった。現在の愛知県豊橋市二川町と大岩町に相当する。(参照:wikipedia)
袋井宿(ふくろいじゅく) は旧東海道の宿場で、五十三次の宿場の数では江戸から数えても京から数えても27番目で中間点にあたる。他の宿場より少し遅れて元和2年(1616年)までに整備された。(参照:wikipedia)
新居宿(あらいじゅく)は、東海道五十三次の江戸側から数えて31番目の宿場。現在の静岡県浜名郡新居町で、旧国名は遠江国(とおとうみのくに)。浜名湖の西岸。「今切の渡し」で対岸の舞阪宿とつながる。(参照:wikipedia)
沼津宿(ぬまづじゅく)は、東海道の宿場の一つ。現在の静岡県沼津市大手町周辺にあった。(参照:wikipedia)
戸塚宿(とつかじゅく)は、東海道五十三次の宿場の一つ。相模国鎌倉郡であった。 今の神奈川県横浜市戸塚区(吉田・矢部・戸塚の三村で成立)にあった。(参照:wikipedia)
三島宿(みしましゅく)は、東海道五十三次の宿場の一つ。 現在の静岡県三島市にあった。本陣2、旅篭数74。江戸幕府の天領であり、1759年までは伊豆国統治のための代官所が設けられていた。(参照:wikipedia)
吉原宿(よしわらじゅく)は、東海道五十三次のうち、日本橋から数えて14番目にある宿場。現在の静岡県富士市に位置する。(参照:wikipedia)
浜松宿(はままつじゅく) は旧東海道の宿場で、東海道五十三次の江戸から数えて29番目、京から数えて25番目にあたる。(参照:wikipedia)
日坂宿(にっさかしゅく) は、旧東海道の宿場で、東海道五十三次の江戸から数えて二十五番目にあたる。(参照:wikipedia)
藤沢宿(ふじさわしゅく)は、東海道五十三次の宿場の一つ。 今の神奈川県藤沢市にあった。(参照:wikipedia)
品川宿(しながわじゅく)は、慶長6年(1601年)に中世以来の港町、品川湊の近くに設置され、北宿、南宿、新宿にわかれていた。場所は、現在の東京都品川区内で、京浜急行の北品川駅から青物横丁駅周辺にかけて広がっていた。目黒川を境に、それより北が北品川、南が南品川とされた。(参照:wikipedia)
興津(おきつ)は、静岡県静岡市清水区の地名。現在、清水区興津と呼ばれる区域は旧興津町と重なる。(参照:wikipedia)